国内のランサムウェア被害の現状
国内では、企業規模や業種を問わず被害が拡大しています。最近の発生動向と影響の実態を俯瞰し、以降の事例理解の前提を整理します。
小売・サービス業界
アスクル株式会社(2025年10月)
被害の概要
2025年10月19日、オフィス用品通販大手のアスクルがランサムウェア攻撃を受け、法人向け「ASKUL」「ソロエルアリーナ」、個人向け「LOHACO」など主要サービスが全面停止する事態となりました。基幹システムが暗号化され、受注・出荷業務が完全に停止し、無印良品やロフトなど物流委託先企業にも深刻な影響が波及しました。
被害の影響
- 法人向け・個人向けすべてのECサイトで受注・出荷業務が停止
- アスクル在庫商品の未出荷分は全てキャンセルとなり、直送品は注文ごとに出荷可否を確認
- 物流を委託していた無印良品とロフトのECサイトも停止
- 主に物流システム(WMS)に深刻な障害が発生
- 1日あたり約10億円から13億円の売上機会損失との試算
被害の原因
- 侵入経路は調査中ではあるが、VPN機器経由での侵入の可能性が指摘されている
この事例は、物流システムという事業継続の中枢が攻撃対象となり、委託先まで停止が波及した点が特徴です。サプライチェーン全体に影響が及ぶ構造的脆弱性が表面化したと言えます。また、アサヒグループの事案に続く大規模攻撃であり、日本企業を狙った攻撃が産業化していることをあらためて示しました。
株式会社イセトー(2024年5月)
被害の概要
2024年5月26日、印刷物・データプリントサービスを提供するイセトーがランサムウェア攻撃を受け、複数のサーバーや端末が暗号化されました。同社は金融機関や地方公共団体から情報処理業務を受託しており、被害は委託元に広範囲に波及しました。
被害の影響
- 約150万件の個人情報が漏洩
- 委託元54社(地方自治体・金融機関等)に被害が波及
- 攻撃者リークサイトにイセトー由来データが掲載
- 暗号化の影響により複数のサーバー、端末でシステム障害が発生し、受託業務の一部が停止
- ISO27001/ISO27017認証が一時停止措置
- 和歌山県から1年間の指名停止処分を受ける
被害の原因
- 侵入経路は調査中ではあるが、VPN機器や脆弱なOSSなど複数の経路から侵入した可能性が指摘されている
この事例は、自社の事業継続だけではなく「預かった個人情報」そのものが攻撃対象となり、委託元に直接被害が波及した点が特徴です。データ処理・BPO系事業者の侵害は、単一企業内に留まらず、社会インフラとしての影響を持つことを示した事例といえます。
製造業界
アサヒグループホールディングス(2025年9月)
被害の概要
2025年9月29日、国内大手飲料メーカーであるアサヒグループホールディングスは、ランサムウェア攻撃によってサーバーが標的となるシステム障害を確認し、グループ国内子会社において「受注・出荷機能」「コールセンター/メール受付」などの主要業務が停止しました。調査のための緊急対応体制を発足し、攻撃によるデータの不正移転の可能性も認められています。
被害の影響
- 国内の受注・出荷システムが全面停止
- 受注を電話・FAXによる手作業運用へ切り替え
- ギフト商品の販売が一部休止
- 「スーパードライ」など主力商品の生産・出荷が停止
- Active Directory(AD)および仮想基盤(vCenter/ESXi)が暗号化
- 情報漏洩の可能性があり、流出したとみられるデータがインターネット上で確認
- 決算発表が延期
被害の原因
- 侵入経路は明らかにされていないが、VPN機器を経由した侵入の可能性が指摘されている
この事例は、製造・出荷が中核となる企業において、受注・出荷を止められることが即時の事業影響につながることを示した代表例です。システム停止=売上機会損失の連動性が極めて高い業態では、初動の遅れがそのまま経営インパクトへ直結するリスクが顕在化しました。
レゾナック・ホールディングス(2025年5月)
被害の概要
2025年5月20日未明、半導体材料や化学素材メーカーのレゾナック・ホールディングスおよび同社グループの一部サーバーが外部からの攻撃を受け、ランサムウェア感染が確認されました。同社は直ちに緊急対策本部を設置し、ネットワークの遮断等の措置を実施しました。
被害の影響
- グループ内システムが一部使用不能となり、業務の一部が停止
- 影響範囲を確認しつつ、安全確認できた事業から順次再開
- 最終的に個人情報の流出は確認されず
被害の原因
- 侵入経路は公表されていないが、VPN機器などリモートアクセス経路が狙われた可能性が指摘されている
この事例は、初動のネットワーク遮断によって被害範囲を局所化し得たケースといえます。製造系企業であっても、ランサムウェア攻撃では「まず止める」判断が結果に直結することを示した事例であり、早期判断の重要性がより鮮明になりました。
株式会社トーモク(2025年5月)
被害の概要
2025年5月3日、包装資材・紙器メーカーのトーモクは、同社グループの一部サーバーに対するランサムウェア攻撃を公表しました。オンライン受注システムに障害が発生し、以降警察および外部専門家と連携しながら調査および復旧対応を継続しています。
被害の影響
- 同社グループの一部サーバーがランサムウェアにより暗号化
- オンライン受注システムに障害が発生し、利用制限/遅延が発生
- 従業員の氏名・住所・電話番号・メールアドレスなどの個人情報が外部に流出した可能性
- 業務関連情報も外部へ流出した可能性
- 2025年7月時点で不正利用などの二次被害は確認されていない
被害の原因
- 侵入経路は明らかにされていないが、Linux環境を狙うランサムウェア(Gunra系)による攻撃の可能性が指摘されている
この事例は、製造・包装系企業に対してもLinux系ランサムウェアが直接的に狙いを付けていることを示したものです。クラウド/Windowsだけを想定した対策では防ぎきれない攻撃面が顕在化しており、製造業においてもLinux基盤を含めた一体管理での防御が必須であることを示唆しています。
医療業界
宇都宮セントラルクリニック(2025年2月)
被害の概要
2025年2月10日、栃木県の医療施設である宇都宮セントラルクリニックがランサムウェア攻撃を受け、電子カルテを含む院内システムが使用不能状態になりました。クリニックは2月18日付で「サーバーへの不正アクセスおよび情報漏洩 の可能性」を公表し、調査および業務制限を実施しています。
被害の影響
- 最大約30万人分の患者情報が流出した可能性(氏名・生年月日・性別・住所・電話番号・メールアドレス・診療情報・健康診断情報等)
- 電子カルテを含む院内システムが使用不能となり、診療業務の一部に制限が発生
- 改善までの期間、検査・画像診断等の対応に遅延が発生
- 予約・受付・電話対応など院内オペレーションにも影響が拡大
- がん放射線治療は別システムのため一部制限にとどまる
被害の原因
- 侵入経路は明らかにされていないが、Qilin(キリン)系ランサムウェアによる攻撃の可能性が指摘されている
この事例は、医療現場では電子カルテなどの院内システム停止が、診療提供そのものの遅延につながるという特有のリスクを浮き彫りにしました。医療機関においては、可用性低下が即、患者対応の遅延に直結するため、医療情報システムを前提とした事業継続策の強化が急務であることを示しています。
出版・エンターテインメント業界
株式会社サンリオエンターテイメント(2025年1月)
被害の概要
2025年1月21日、サンリオピューロランドなどのテーマパークを運営するサンリオエンターテイメントがランサムウェア攻撃を受けました。攻撃発覚後、外部専門機関による調査が行われ、2月7日に最大約200万件の個人情報および機密情報が外部に漏洩した可能性が公表されました。
被害の影響
- 最大約200万件の個人情報および機密情報が外部に流出した可能性
- ファンクラブ会員や年間パスポート購入者の個人情報が外部へ漏洩した可能性
- 従業員や取引先のマイナンバーを含む契約情報が外部へ流出した可能性
- 来場予約システムや年間パスポート購入など、一部サービスが約1カ月利用不可
- サンリオピューロランド公式Webサイトが長期間アクセス不可
- 攻撃者側リークサイトによる脅迫投稿を確認
被害の原因
- 侵入経路は明らかにされていないが、Qilin(キリン)系ランサムウェアによる攻撃の可能性が指摘されている
この事例は、テーマパーク運営企業においても、ランサムウェア攻撃によるデータ漏洩 とサービス停止が同時に発生しうることを示しました。顧客向けサービスと情報管理基盤が密接に結び付いている企業では、一度の侵害が事業継続・ブランド毀損・風評の3方向に影響を与え得る点に注意が必要です。
株式会社KADOKAWA(2024年6月)
被害の概要
2024年6月8日、出版大手のKADOKAWAグループが大規模なランサムウェア攻撃を受け、「ニコニコ動画」などのサービスが長期間停止する事態となりました。攻撃はBlack Suit(ブラックスーツ)と呼ばれるランサムウェアグループによるもので、国内最大級の被害となりました。
被害の影響
- 約25万件の個人情報が流出(ドワンゴ社員、取引先クリエイター、N高等学校など教育関連施設の在校生・卒業生等)
- 「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」など一連のニコニコサービスが停止
- サービス復旧までに約4カ月を要した
- 書籍の受注停止や物流の遅延が発生
- 2025年3月期に売上高84億円の減少、特別損失36億円(復旧費用・クリエイター補償)を計上
- 攻撃者 BlackSuit側リークサイトにて大量データ窃取が主張された
被害の原因
- 侵入経路は明らかにされていないが、暴露型ランサムウェア BlackSuitによる攻撃の可能性が指摘されている
この事例は、国内大規模サービスにおいて、長期停止・大規模データ流出・巨額損失という3軸の影響が同時に発生し得ることを示した代表例です。特に利用者規模が大きいサービス運営企業では、停止による社会的影響とブランド毀損のインパクトが極めて大きく、平時から「長期停止を前提とした事業継続体制」を設計しておく必要性を浮き彫りにしました。
金融・保険業界
東京海上日動あんしん生命保険(2024年6月)
被害の概要
2024年6月4日、東京海上グループの業務委託先である税理士法人髙野総合会計事務所がランサムウェア攻撃を受け、委託元である東京海上グループに被害が波及しました。この事例は、委託先のセキュリティ管理が委託元のリスクに直結することを示しました。
被害の影響
- 東京海上日動あんしん生命で約27,824件の個人情報が漏洩した可能性
- 東京海上グループ全体では約63,200件の情報が流出した可能性
- 保険契約者の氏名・住所・電話番号に加え、保険事故の相手方情報も含まれる可能性
- グループ現社員の情報が約15,900件漏洩した可能性
被害の原因
- 侵入経路は明らかにされていないが、委託先サーバーに対するランサムウェア攻撃を受けた可能性が指摘されている
この事例は、委託先のランサムウェア被害によって自社契約者の情報が影響を受ける「サプライチェーン型リスク」の顕在化を示したケースです。自社の対策強化だけでは防ぎ切れない領域が存在することが明確化し、委託先を含めたガバナンス・監査・可視化の重要性が浮き彫りになりました。





